焼肉大学 — 正規カリキュラム
単独表示焼肉大学 — 正規カリキュラム
1.1 肉食の起源:人類と火の邂逅
単独表示1.1 肉食の起源:人類と火の邂逅
人類が肉を火で調理するようになったのは、少なくとも100万年前にさかのぼる。ハーバード大学の人類学者リチャード・ランガム(Richard Wrangham)は、著書『火の賜物』(2009年)において、火による調理が人類の脳の拡大を促した決定的な要因であると主張した。調理によって食物の消化可能エネルギーが増大し、消化管が短縮され、その分のエネルギーが脳の発達に振り向けられたというのである。
朝鮮半島における肉の炭火焼きの歴史は、高句麗時代(紀元前37年〜668年)にまでさかのぼることができる。この時代の壁画には、肉を直火で焼く人物の描写が残されており、これが文献・絵画として確認できる最古の焼肉的行為の記録とされている。
1.2 朝鮮半島の肉食文化:コルギとその歴史的文脈
単独表示1.2 朝鮮半島の肉食文化:コルギとその歴史的文脈
1.2.1 コルギ(炙り肉)の原点
朝鮮語で「炙り肉」を意味する「コルギ(구이)」は、韓国焼肉文化の中核概念である。歴史的に朝鮮王朝時代(1392年〜1897年)には、肉食は一般庶民には縁遠いものであり、主として宮廷料理や両班(ヤンバン、支配階級)の食卓に並んだ。
重要事実:朝鮮王朝時代、牛は農耕に不可欠な労働力であったため、農家が牛を食することは厳しく制限されていた。特別な祭事や祝い事の際にのみ、牛肉を食する機会が許された。
マッチョク(맥적)と呼ばれる高句麗時代の串焼き料理は、日本の「焼き鳥」の遠い祖先ともいえる。薬味や醤(ひしお)に漬けた肉を竹串に刺して炭火で焼くこの料理は、その後朝鮮半島全土に広まり、現代の「カルビ」や「プルコギ」の源流となった。
1.2.2 19世紀末〜20世紀初頭の変化
1876年の江華島条約(日朝修好条規)以後、朝鮮半島は急速な近代化の波に晒された。1897年には大韓帝国が成立し、その後1910年の日韓併合へと至る歴史の中で、食文化もまた大きく変容した。
この時期、ソウル(当時は漢城)の市街地には牛肉専門店が多数出現した。特に鐘路区(チョンノ)周辺には、炭火で牛肉を焼いて提供する飲食店が集積し、これが現代の焼肉店の直接の前身となった。
日本の植民地支配下(1910年〜1945年)においても、朝鮮の肉食文化は命脈を保った。内藤湖南らの記録によれば、京城(ソウル)市内には1930年代において数十軒の焼肉的な料理店が営業しており、日本人居留者の間でも一部で知られていたという。
1.2.3 在日コリアンと日本への伝播
1910年代から1945年にかけて、多くの朝鮮半島出身者が労働者として日本へと渡った。大阪、神戸、名古屋、東京などの都市部に集住した在日コリアンたちは、故郷の食文化を日本の地で再現しようとした。
しかし当初は材料の入手が困難であった。とりわけ戦中・戦後の食料不足の時代、在日コリアンたちはモツ(内臓肉)など、日本人が忌避していた部位を入手しやすかった。これが後のホルモン焼き文化の発展につながる重要な要因となる。
文化的背景:「ホルモン」という言葉の語源については諸説ある。大阪弁で「放るもん(捨てるもの)」が訛ったという説、ドイツ語の「Hormon(ホルモン)」由来説などがあるが、定説は存在しない。いずれにせよ、内臓肉を食文化として昇華させたのは在日コリアンたちの知恵と工夫によるところが大きい。
1.3 戦後日本における焼肉の誕生
単独表示1.3 戦後日本における焼肉の誕生
1.3.1 1945年〜1950年代:混乱期の屋台文化
1945年8月の終戦直後、日本は深刻な食料不足に見舞われた。大都市の焦土には闇市(ヤミイチ)が立ち並び、そこでは本来廃棄されるはずであった畜産副産物(内臓、骨周辺肉など)が取引された。
大阪の鶴橋、東京の新宿区大久保、板橋区などの在日コリアン集住地域では、この時期から七輪を用いた内臓肉の焼き物が路上で販売されるようになった。これが日本における焼肉店の直接の起源とされる。
1946年頃、大阪市東成区にはコリアタウン(現在の生野コリアタウン)の前身となる朝鮮人集住地区があり、ここで提供された「ホルモン焼き」が在日コリアン・日本人双方の間で人気を博した。
1.3.2 1950年代:「焼肉」という名称の定着
「焼肉」という言葉が現在の意味で広く使われるようになったのは1950年代のことである。それ以前は「コリアン料理」「朝鮮料理」「ホルモン焼き」などと呼ばれることが多かった。
1952年のサンフランシスコ講和条約発効後、日本が主権を回復するに伴い、在日コリアンが経営する飲食店も次第に表通りへと出てきた。東京・新宿の歌舞伎町周辺、大阪・難波の千日前周辺には、「焼肉」の看板を掲げた店舗が増加した。
注目すべき転換点:1950年代半ば、一部の先進的な焼肉店が「テーブルに炭火を置いて客自身が焼く」というスタイルを採用し始めた。これは現在の焼肉スタイルの確立にとって決定的な革新であった。
1.4 全国展開:高度経済成長期(1955年〜1973年)
単独表示1.4 全国展開:高度経済成長期(1955年〜1973年)
1.4.1 経済成長と肉食の民主化
1955年から1973年にかけて、日本は年平均9%を超える高度経済成長を遂げた。この経済的繁栄は日本人の食生活を根本から変えた。牛肉消費量は1960年代を通じて急増し、1965年には戦前の消費量を大きく超えた。
国民の可処分所得の増加により、焼肉はもはや特別な日の御馳走ではなく、日常的な外食の選択肢の一つとなっていった。「焼肉屋でバイトした」「家族で焼肉に行った」という体験が、日本人の共有記憶の中に刻まれていったのもこの時代である。
1.4.2 チェーン店の勃興
1970年代に入ると、焼肉のチェーン展開が始まった。牛角の前身となる業態、安楽亭(1973年創業)など、複数店舗展開を志向する経営者が現れ始めた。これにより焼肉は地域性を超えた「日本の国民食」としての地位を確立していった。
1972年のニクソン訪中と日中国交正常化、1973年の第一次オイルショックは日本社会に大きな衝撃を与えたが、焼肉産業はこの時代の困難を乗り越え、むしろ外食産業全体の中で確固たる位置を占めるようになった。
第2章:日本独自の進化 — 七輪・備長炭・タレ文化
2.1 七輪(しちりん):日本の炭火文化の精粋
単独表示2.1 七輪(しちりん):日本の炭火文化の精粋
2.1.1 七輪の歴史と構造
七輪の歴史は江戸時代中期(18世紀頃)にさかのぼる。珪藻土(けいそうど)を主原料とした円筒形の小型コンロは、優れた断熱性と蓄熱性を持ち、少量の炭で高温を維持できる優れた道具である。
名称の由来については諸説あるが、「一日七厘(しちりん)の炭で済む」という経済性を示したという説が広く知られている。江戸時代の七輪は主に煮炊きに使われたが、明治以降は焼き物調理にも広く活用されるようになった。
七輪の構造的特徴:
- 外径:20〜30cm(卓上型の一般的サイズ)
- 素材:珪藻土(断熱性・蓄熱性に優れる)
- 炭床:下部に空気口があり、着火と温度管理を容易にする
- 使用可能炭:備長炭、黒炭、成形炭など
2.1.2 焼肉における七輪の役割
戦後、在日コリアンが焼肉を広める過程で七輪は重要な役割を担った。特に屋台・路上販売の時代には、持ち運びが可能な七輪は不可欠の道具だった。店舗展開の時代になっても、テーブルへの組み込み型七輪が長く使われた。
現代においても、高級焼肉店では「七輪焼き」を特別な付加価値として訴求する店舗が多く、珪藻土素材の遠赤外線効果が食材の旨みを引き出すという主張は根強い。
2.2 備長炭:炭の王様
単独表示2.2 備長炭:炭の王様
2.2.1 備長炭の歴史
備長炭(びんちょうたん)は、ウバメガシ(姥目樫)を原料とした最高級の炭である。その名は江戸時代の炭商「備中屋長左衛門」に由来するとされ、主に和歌山県紀州地方で生産されてきた。
備長炭の歴史は元禄年間(1688年〜1704年)に確立されたとされており、以来300年以上にわたって「炭の最高峰」として君臨し続けている。
備長炭の化学的特性:
- 固定炭素含有量:93〜95%(黒炭の70〜85%に対して高い)
- 発熱量:約8,000kcal/kg
- 燃焼温度:約1,000℃(表面)
- 着火困難だが、一度着火すると長時間安定した高温を維持
- 煙・臭いが少ない
2.2.2 備長炭が焼肉に与える影響
備長炭の遠赤外線放射率は約0.99であり、これが食材表面を素早く加熱しながら内部をじっくりと温める「外カリ内ジュワ」の食感を生み出す。ガス火やIH調理と比較した際の炭火の優位性は、この遠赤外線効果に帰せられることが多い。
また備長炭から発生する炭素蒸気が肉の表面で還元反応を起こし、特有の「炭火焼きの香り」(ケトン類・フラン類・ラクトン類を主体とする複雑な香気成分群)が生成されるとも言われる。
2.2.3 炭の種類と使い分け
| 炭の種類 | 原料 | 固定炭素 | 発熱量 | 主な用途 |
|---|---|---|---|---|
| 備長炭(白炭) | ウバメガシ | 93〜95% | 8,000kcal/kg | 高級焼肉・うなぎ |
| 黒炭 | 各種広葉樹 | 70〜85% | 6,500kcal/kg | 一般焼肉・BBQ |
| オガ炭(成形炭) | 木粉圧縮 | 75〜80% | 7,000kcal/kg | チェーン系焼肉 |
| 豆炭 | 無煙炭・木炭混合 | 60〜70% | 5,500kcal/kg | 暖房・家庭用 |
2.3 タレ文化の確立と多様化
単独表示2.3 タレ文化の確立と多様化
2.3.1 タレの歴史的起源
焼肉のタレは、朝鮮料理の「ヤンニョム(양념、薬念)」を原点としながら、日本人の味覚に合わせて独自の進化を遂げたものである。
朝鮮のヤンニョムは醤油・ニンニク・ゴマ・砂糖・コチュジャンなどを組み合わせた調味料の総称であり、これが戦後の日本において、醤油を基調としながら甘みを強調した「日本式焼肉のタレ」へと変容した。
2.3.2 主要タレの分類
醤油系タレ(甘辛)
- 醤油・砂糖・みりん・リンゴ果汁・ニンニク・ゴマ油を基本構成とする
- 日本で最も普及している焼肉タレの系統
- 市販タレでは「エバラ焼肉のたれ」(1972年発売)がこの系統を代表する
塩ダレ
- 塩・ごま油・レモン汁・ニンニク・コショウが基本
- 素材の風味を活かす繊細な系統
- 高級部位(カルビ・ロース)に合わせることが多い
コチュジャン系
- 朝鮮の辛みを前面に出した系統
- サムギョプサル・プルコギなどに近い味わい
- 日本では一部愛好家の間で広まる
ポン酢系
- 柑橘類の酸味を活かした和風系統
- 1990年代以降、ヘルシー志向の高まりとともに普及
2.3.3 「タレ」と「塩」の二項対立
日本の焼肉文化において、「タレ派か塩派か」という問いは一種の文化的アイデンティティを形成するほど重要な問題とみなされてきた。
高度経済成長期には甘辛タレが主流だったが、1990年代以降の「グルメ化」の流れの中で、「素材本来の味を活かす塩」の評価が高まった。特に2000年代以降、高級和牛の普及とともに「上質な肉には塩」という美食家的価値観が広まった。
2.4 日本的焼肉の五つの革新
単独表示2.4 日本的焼肉の五つの革新
- 煙排気設備の内蔵化(1970年代〜):テーブル上に排煙ダクトを設置し、煙が室内に充満しない環境を整備。外食産業としての快適性を飛躍的に向上させた。
- 無煙ロースターの開発(1980年代〜):ガス式遠赤外線ロースターの普及により、炭火の技術を持たない店舗でも高品質な焼肉を提供可能に。
- 部位の細分化と名称の確立(1980年代〜):カルビ、ロース、ハラミ、タン、ミノ、レバーなど、日本独自の部位名称体系が確立。
- ランチ焼肉の普及(1990年代〜):焼肉がハレの食事から日常食へと移行する重要な転換点。
- 食べ放題(バイキング)形式の導入(1990年代〜):大衆化と回転率向上を両立させたビジネスモデルとして急速に普及。
第3章:現代の焼肉産業
3.1 市場規模と経済的位置付け
単独表示3.1 市場規模と経済的位置付け
3.1.1 1.5兆円産業の現在
日本の焼肉産業は2023年時点で推定約1兆5,000億円の市場規模を持つ巨大産業である。これは外食産業全体(約26兆円)の約6%を占め、ラーメン産業(約6,000億円)、すし産業(約8,000億円)を大幅に上回る。
| 年 | 焼肉店舗数(推定) | 市場規模 |
|---|---|---|
| 1990年 | 約20,000店 | 約4,000億円 |
| 2000年 | 約35,000店 | 約8,000億円 |
| 2010年 | 約38,000店 | 約1兆円 |
| 2020年 | 約42,000店 | 約1.2兆円(COVID-19前) |
| 2023年 | 約48,000店 | 約1.5兆円 |
3.1.2 牛肉消費量の変遷
日本の一人当たり牛肉消費量は1960年代から2000年代にかけて劇的に増加した。
| 年 | 一人当たり牛肉消費量 |
|---|---|
| 1960年 | 約1.2kg |
| 1970年 | 約3.0kg |
| 1980年 | 約5.5kg |
| 1990年 | 約8.0kg |
| 2000年 | 約9.5kg |
| 2010年 | 約8.0kg(BSE問題影響後) |
| 2020年 | 約9.2kg |
BSE危機の影響:2001年に発生したBSE(牛海綿状脳症)問題は日本の焼肉産業に壊滅的な打撃を与えた。多数の焼肉チェーンが倒産・閉店を余儀なくされ、市場規模は一時的に20%超の縮小を記録した。この危機を契機に、食の安全管理と食材のトレーサビリティが産業全体で強化された。
3.2 チェーン店vs高級専門店:二極化する市場
単独表示3.2 チェーン店vs高級専門店:二極化する市場
3.2.1 主要チェーン店の概況
大衆系チェーン(食べ放題・低価格帯)
| チェーン名 | 創業 | 運営会社 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 安楽亭 | 1973年 | 安楽亭 | 食べ放題の先駆者、関東中心 |
| 牛角 | 1996年 | コロワイド | 全国2,500店以上(2023年) |
| 焼肉きんぐ | 2007年 | 物語コーポレーション | ファミリー層に特化した食べ放題 |
| 焼肉の和民 | 2003年 | ワタミ | 居酒屋チェーンからの転換 |
中価格帯チェーン
| チェーン名 | 創業 | 特徴 |
|---|---|---|
| 叙々苑 | 1976年 | 高品質素材を強みとする中高価格帯 |
| 牛繁 | 2001年 | 価格と品質のバランスで拡大 |
3.2.2 高級専門店の世界
2000年代以降、和牛ブームの到来とともに「一頭買い」「希少部位」「炭火備長炭」を売りにする超高級焼肉専門店が台頭した。
- 一人当たり予算:15,000円〜50,000円超
- 席数:少数(10〜20席程度)
- サービス形態:店員が焼いて提供する「焼き手付き」
- 食材:全農認定A5ランク和牛、産地直送近江牛・松阪牛・米沢牛など
東京・西麻布、六本木、銀座、大阪・北新地などに集中する高級焼肉店の一部は、ミシュランガイドへの掲載も果たしており、インバウンド富裕層にとっての「日本体験」の象徴的存在となっている。
3.3 グローバル展開
単独表示3.3 グローバル展開
3.3.1 世界への普及
日本式焼肉は2000年代以降、急速に世界各地へと広がっている。その主な担い手は:
- 海外進出する日本企業:牛角、叙々苑などが北米・東南アジアに出店
- 在外日本人コミュニティ:ロサンゼルス、ニューヨーク、シドニーなどの日系コミュニティが焼肉文化を広める
- 韓国系焼肉との競合・融合:韓国系の「KBBQ(Korean BBQ)」ブームと日本式焼肉が相互に影響を与えながら世界市場で共存
3.3.2 市場別の特徴
北米市場
- 韓国系KBBQ(サムギョプサル、カルビなど)が先行して普及
- 日本式焼肉は「上品な韓国BBQ」として差別化
- ロサンゼルスのコリアタウンでは両文化が融合した独自スタイルが発展
東南アジア市場
- シンガポール、タイ、ベトナムなどで日本式焼肉チェーンが急拡大
- ハラール対応焼肉(豚肉不使用・ハラール認証牛肉)も登場
- 価格帯は現地では「プレミアム外食」として位置づけ
欧州市場
- パリ、ロンドンなどの主要都市に日本式焼肉店が点在
- 主に富裕層向けの特別体験として訴求
第4章:世界の炭火グリル比較
4.1 韓国:焼肉文化の本家とその多様性
単独表示4.1 韓国:焼肉文化の本家とその多様性
4.1.1 サムギョプサル(삼겹살)
三枚肉(豚バラ)を意味するサムギョプサルは、現代韓国において最も大衆的な焼肉料理である。1970年代に韓国国内で広まり、1990年代〜2000年代に「国民食」としての地位を確立した。
サムギョプサルの特徴:
- 部位:豚の三枚肉(腹部)
- 調理法:無煙グリルまたは鉄板で焼く
- 食べ方:サンチュ(リーフレタス)・えごまの葉・ニンニク・サムジャン(ゴマジャン)とともに包んで食べる「包み食べ(쌈)」が基本
- 飲み物:ソジュ(焼酎)との組み合わせが定番
4.1.2 牛肉焼肉文化
カルビ(갈비):牛(または豚)のスペアリブ部分。甘辛のタレに漬け込んだ「カルビ焼き」は祝い事の席の定番料理。
プルコギ(불고기):「火の肉」を意味し、薄切りの牛肉を醤油・砂糖・梨・ニンニク等のタレに漬け込んで焼く。日本の「焼肉」文化の直接の原点。
韓国と日本の焼肉の決定的な違い:韓国では伝統的に客が自分で焼かないのが正式なスタイルである店も多く、「テイブルサービス」と「セルフ焼き」が混在する。また包み食べ(쌈)の習慣は日本には定着していない。
4.2 中国:串焼き文化の奥深さ
単独表示4.2 中国:串焼き文化の奥深さ
4.2.1 羊肉串(ヤンロウチュアン)
中国の炭火グリル文化を代表するのが、新疆ウイグル自治区を発祥とする羊肉串(ヤンロウチュアン、羊肉串)である。細長い竹串に羊の骨付き肉を刺し、クミン・唐辛子・塩のシンプルな調味料をまぶして炭火で焼く。
1990年代以降、新疆出身の行商人が中国各地でこの料理を広め、現在では北京・上海・成都など主要都市の夜市(ヤシ)の定番となった。
羊肉串の特徴:
- 発祥地:新疆ウイグル自治区
- 主材料:羊の骨付きバラ肉・腰肉
- スパイス:クミン(孜然)・唐辛子・塩が基本
- 調理具:細長い竹串を用いた直火焼き
- 文化的背景:中央アジアのムスリム文化と中国食文化の融合
4.2.2 中国各地の炭火文化
- 北京烤鴨(ペキンダック):果樹木(ナシ・リンゴ等)を燃料とする炉焼きで、厳密には炭火ではないが関連する焼き料理文化として重要。
- 四川串串香(チュアンチュアンシャン):各種食材を竹串に刺して麻辣スープで煮る「串鍋」で、炭火グリルとは異なるが「串料理」文化の広がりを示す。
4.3 モンゴル:草原の炭火文化
単独表示4.3 モンゴル:草原の炭火文化
モンゴルにおける伝統的な肉料理は羊・山羊・馬肉を主体とし、最も有名な「ホルホグ(Khorkhog)」は石焼き料理である。しかし遊牧生活の中で行われる直火焼き・炭火焼きも重要な調理法であった。
現代のモンゴルでは、ウランバートルを中心に「蒙古烤肉」と呼ばれる大型鉄板焼き料理が普及している。これはアメリカのMongolian BBQとは別物であり、羊・牛の薄切り肉を大型鉄板で豪快に炒め焼きする料理である。
4.4 アルゼンチン:アサード(Asado)
単独表示4.4 アルゼンチン:アサード(Asado)
4.4.1 アサードとは
アサードはアルゼンチン(およびウルグアイ)の国民的料理であり、単なる「バーベキュー」を超えた文化的儀式である。ラテンアメリカにおける炭火グリル文化の頂点とも称される。
アサードの哲学:アサードはただ肉を焼くことではない。それは「アサドール(Asador)」と呼ばれる焼き手の技と判断力が試される芸術であり、家族・友人との絆を深める社会的行為である。アルゼンチン人はアサードの腕前に強い誇りを持つ。
アサードの基本要素:
- 調理設備:パリーリャ(Parrilla)と呼ばれる格子状の鉄製グリル台。薪または炭を使用。
- 主材料:牛肉(特にティラ(Tira de Asado、横切り短リブ)、バチョ(Vacio、フランク系)、ロモ(Lomo、ヒレ)、チョリソ(豚腸詰め))
- 調味:極めてシンプル。粗塩(パリリョ塩)のみで味付けするのが正統とされる
- ソース:チミチュリ(Chimichurri)— パセリ・ニンニク・オレガノ・オリーブオイル・酢のソース
4.4.2 アルゼンチン牛肉文化の歴史
17世紀にスペインが持ち込んだ牛がパンパ(大草原)で野生化・繁殖し、19世紀の「ガウチョ(Gaucho)」と呼ばれる牧童文化の中でアサードが発展した。ガウチョたちは野外で丸ごとの牛を木に吊るして薪火で炙る「アサード・クルス(Asado a la Cruz)」を実践していた。
| 比較項目 | 日本式焼肉 | アルゼンチン・アサード |
|---|---|---|
| 主な肉 | 牛肉(薄切り) | 牛肉(厚切り・塊) |
| 調理温度 | 高温・短時間 | 中低温・長時間 |
| タレ・調味 | 多様(タレ・塩) | シンプル(塩のみが基本) |
| 社会的意味 | 外食文化・日常的 | 家庭・野外行事・儀礼的 |
| 担い手 | 客自身が焼く | アサドール(専任焼き手) |
| 燃料 | 炭(備長炭等) | 薪または炭 |
4.5 世界の炭火文化比較表
単独表示4.5 世界の炭火文化比較表
| 地域 | 代表料理 | 主な肉 | 調味特徴 | 社会的役割 |
|---|---|---|---|---|
| 日本 | 焼肉 | 牛(薄切り中心) | タレまたは塩 | 外食・ハレの食事 |
| 韓国 | サムギョプサル・カルビ | 豚・牛 | ヤンニョム・塩 | 日常食・社交 |
| 中国 | 羊肉串 | 羊 | クミン・唐辛子 | 夜市文化 |
| モンゴル | 直火肉焼き | 羊・馬 | 塩のみ | 遊牧儀礼 |
| アルゼンチン | アサード | 牛(塊) | 粗塩 | 家族・社会儀礼 |
| ブラジル | シュラスコ | 牛・豚・鶏 | 塩 | 祝宴・社交 |
| 南アフリカ | ブレイ(Braai) | 牛・羊・ウィンナー | シンプル | 国民的行事 |
| 米国 | BBQ | 豚・牛 | スモーク+ソース | 地域文化・祝宴 |
補遺:年表で見る焼肉の歴史
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 高句麗時代(〜668年) | 朝鮮半島での炙り肉文化の確認(壁画) |
| 1392年〜1897年 | 朝鮮王朝:牛肉は支配層の食、庶民は祭事のみ |
| 1910年 | 日韓併合。朝鮮人の日本渡航が本格化 |
| 1920年代〜 | 在日コリアンが大阪・東京等で路上ホルモン販売 |
| 1945年 | 終戦。闇市でのホルモン焼きが普及 |
| 1946年頃 | 大阪・鶴橋周辺でコリアタウン形成 |
| 1950年代 | 「焼肉」という名称の定着 |
| 1960年代 | 高度経済成長期:牛肉消費量の急増 |
| 1972年 | エバラ「焼肉のたれ」発売:タレ文化の大衆化 |
| 1973年 | 安楽亭創業(食べ放題の先駆け) |
| 1976年 | 叙々苑創業(高級焼肉路線の確立) |
| 1996年 | 牛角創業(焼肉の全国チェーン化加速) |
| 2001年 | BSE問題:焼肉産業に壊滅的打撃 |
| 2010年代 | 和牛ブーム:インバウンド需要とともに高級化 |
| 2020年 | COVID-19:テイクアウト・一人焼肉の普及 |
| 2023年 | 市場規模1.5兆円達成 |
参考文献・Further Reading
単独表示参考文献・Further Reading
- 鄭大聲(チョン・デソン)『焼肉の文化史』明石書店、2004年
- 佐々木道雄『焼肉の誕生』雄山閣、2011年
- キーン・コールター著、冨永星訳『料理と人類の歴史』NHK出版、2014年
- 農林水産省「食料需給表」各年版
- 日本フードサービス協会「外食産業市場動向調査」各年版
- Wrangham, Richard. Catching Fire: How Cooking Made Us Human. Basic Books, 2009.
本テキストは焼肉大学YU-001「焼肉の歴史と文化」の公式テキストである。無断転載・複製を禁じる。
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